映画と映画でないものを分けるものは何だろう? 当時はフィルム(16mmだが)で撮ることが映画人の矜持だったのだろうと思う、例えVシネマであっても。翻って現在、映画と映画でないものを分けるものはなにかと問われると答えに窮する。しかもそもそも映画へのこだわりが場合によってはやりがい搾取と言われる現在、映画にこだわること自体が世の中からずれてしまったロートル映画人の戯言と思われる哀しい世の中だ。それでも自分の中の映画にこだわりたいと多くの同業諸氏は考えながらやっているだろう。私もその想いから今でも毎週一回は必ず映画館で映画を見ている。映画は自分との対話だと思っているからだ。暗闇でないとそれはできない。昔、Vシネマを我々の間では未公開映画と言っていたように現在の配信作品を映画として作ってる人も多くいるだろう。ほぼフィルムで撮影も完成もさせない今、そしてテレビドラマを作っている会社やスタッフも映画を普通に作る今、映画を作るとはどういうことなんだろう? 自分の見たい映画を作るため上京した私には決して小さくない問題である。
最近、何人かの同業者に「プロデューサー生活、長くないですか?」と言われた。その発言をした人たちは決して否定的に言ったわけではない。有名な先輩プロデューサーの多くは私よりも華々しく活躍し、散っていったからで、映画プロデューサーとはそういう見られ方をしている。しかし私にとって映画を企画し、制作することは自分との対話だから生きている以上自分自身と不可分なのものだと思っている。今後これができたら辞めてもいいと思う作品もある。もう少しだけ続けられることを願っている。
初企画プロデュースの劇場映画『女帝』は作品的にもセールス的にも目立った結果を残せなかった。男性専科のゴラク市場だから当たり前だっただろう。しかし、自分の見たい映画を自分で作りたいという上京の目的は果たせた。映画プロデューサーになることもできた。とは言うものの、まだ自分の見たい映画を納得する形で実現する方法論は見つからないまま。私の『盲獣』にはまだまだ遠かった。
私はもっと映画に深く関われる環境を求めて転職することにした。29歳。上京から五年を迎えようとしていた。
つづく
この期間のプロデュース&プロデュース参加作品 (1993-1994)
『サギ 共謀者』(中田信一郎監督)『パチスロ闇の帝王2』(松井昇監督)『爆走トラッカー軍団4』(長石多可男監督)『悪役パパ』(鹿島勤監督)『パチンコ放浪記』(片岡修二監督)『最後の馬券師』(原田昌樹監督)『パチスロ闇の帝王3』(松井昇監督)『パチスロ闇の帝王4』(松井昇監督)『爆走トラッカー軍団5』(長石多可男監督)『爆走トラッカー軍団 劇場版』(長石多可男監督)『これがパクリだ』(水谷俊之監督)『893TAXI ヤクザタクシー』(黒沢清監督)『最後の馬券師2』(米田彰監督)『女帝』(すずきじゅんいち監督)
※『悪役パパ』『爆走トラッカー軍団 劇場版』『女帝』のみ劇場公開作。